『デモとかやっている暇あったら努力しろ』への反論


労働問題のデモや裁判のニュースが出ると「デモとかやっている暇あったら努力しろ」と怒り出す人が一定数います。

権利主張をする人たちを知り合いでもないのに、なぜ努力不足と断定できるのが謎です。

どうやら「努力しろ」と怒り出す人の頭の中では、『賃金が高くない人たちは努力不足の怠けのモノなのだ』という思い込みがあり、そのため怠け者が権利主張などけしからんというロジックが展開されているようです。

 

でも今の世の中では低賃金でも、それなりにノウハウやスキルが必要な仕事が多々あります。
また、仮に『誰でもできる仕事』だとしても、『誰でもできる仕事=誰もやらなくていい仕事では無い。』はずです。
『誰かがやらなきゃいけない仕事』をしてくれている人には、真っ当な生活が出来る賃金をもらう権利があるべきなのです。

こうした人々の権利を獲得していくためにも、権利主張の活動はしていかなければならないのです。

下記、まとめです。

 

■するべき努力
(1)自分の将来のキャリアを考えたり、スキルアップのための勉強をする。
(2)然るべき権利を獲得するために権利主張の声を上げ世間や政治に訴える。

自己責任厨はなぜか(1)のみを主張しますが、(1)と(2)は別に相反していません。
アメリカの人種差別問題など、今日ある程度解決している問題は(1)と(2)を繰り返し行っていくことによって改善していきました。
黙々と働いたり勉強したりしていたら自動的に権力者や周りが認めてくれたわけではありません。
何の仕事の成果を出さずに権利を主張するのも甘えですが、黙って仕事をしていれば誰かが動いてくれて待遇が良くなるはずと行動しないのもまた甘えなのです。

 

P.S

■無駄な努力
(1)ネットの自己責任厨とレスバトルする。

精神と時間の無駄使いです。レスバトルに勝っても負けても何も得るものはありません。
やめましょう。


One thought on “『デモとかやっている暇あったら努力しろ』への反論

  • 2019年7月8日 at 12:27 PM
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    この記事に賛同致します。現在は当たり前になっていることも、実は改善の末に獲得されているものは多くあります。義務教育、参政権はその例でしょう。
    非正規にも産休、育休を義務化すれば、出生率も上昇するのではと思案します。

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